診療時間

TOPへTOPへ

ブログ

うつ病におけるノルエピネフリントランスポーターって?治療のターゲット?

医師ブログ

 

はじめに

うつ病は、気分の落ち込みだけでなく「何もしたくない」「頭が働かない」「眠れない」「食欲がない」といった身体の不調も伴う病気です。日本では数百万人が罹患しており、本人だけでなく家族や社会にも影響を与えます。
原因はさまざまですが、その一つに脳内の神経伝達物質のバランスの乱れがあります。今回紹介する研究は、うつ病に関わる物質の中でも「ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)」に注目し、その動きを詳しく観察したものです。


第1章 モノアミン仮説:うつ病の“化学的側面”を理解する

脳内では、神経細胞どうしが「セロトニン」「ドーパミン」「ノルエピネフリン」などの化学物質で信号を伝えています。これらをまとめて「モノアミン」と呼びます。
モノアミンの量や働きが崩れると、気分や意欲、集中力などに影響が出ると考えられており、これが「モノアミン仮説」です。
中でもノルエピネフリンは「集中力」「注意」「ストレス反応」に関わる重要な物質です。近年、この物質の動きを直接“見える化”する研究が進んでいます。


第2章 ノルエピネフリン輸送体(NET)とは?

神経細胞から放出されたノルエピネフリンは、受け手の神経に信号を伝え終えると、再び送り手側の神経に回収されます。この回収口となるタンパク質がノルエピネフリン輸送体(NET)です。
つまり、NETが多いとノルアドレナリンがすぐに吸い戻され、脳内での作用時間が短くなります。逆にNETの一部を薬でふさぐと、ノルエピネフリンが長く残り、意欲や集中が高まりやすくなります。
この仕組みを利用しているのが
SNRI(セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬)と呼ばれる抗うつ薬群です。代表的な薬がデュロキセチン(商品名:サインバルタなど)です。臨床現場の採血でNEを直接測ることはできません。研究では(S,S)-[18F]FMeNER‑D2というトレーサーを使い、PETでNETの“結合可能量(BPND)”を推定します。2017年の研究では、我々はこちらを世界で初めて測定しました


第3章 うつ病の脳でNETはどう変化しているのか?

上記のように我々は最初の研究では、うつ病の患者19人と健康な人19人を比較して、脳内のNETの量をPETという画像技術で可視化しました。

NETの量は「BPND(密度のようなものです)」という値で評価され、視床(Thalamus)と青斑核(Locus coeruleus)が主な観察対象でした。この結果では、

  • うつ病の人では視床のNETが約29%高い

  • 特に前頭前野とつながる視床の領域約28.2%高い

  • NETが高いほど「注意力テスト(Trail Making Test A)」の成績が良い傾向。

これらの結果は、うつ病では視床でNETが過剰になり、ノルアドレナリンがすぐ回収されるため、集中力や意欲の低下につながる可能性を示しています。じつは脳内で直接「ノルアドレナリン」を測定する方法はありませんでした。この研究ではPETという特殊な装置を利用してうつ病と健常者のNET密度を直接測定し、NETの密度があがっている(特にうつ病直後のメランコリータイプという言われている方)ことが示されました。
ただし、これですべてのうつ病でNETが上がっているとはもちろん言い切れず、統計的には慎重な解釈が必要であり、「NETが高い=必ずうつ病」とはいえません。あくまで群としての傾向です。


第4章 薬でNETはどう変化するのか?

次の研究では、同じ患者さんを時間を追って観察しました。
対象はうつ病患者15人で、デュロキセチンを20〜60mg/日で4〜6週間内服し、その前後でPETを行いました。血中濃度も測定し、一部の患者(7人)は改善後に2か月の休薬期間を設けて3回目のPETを行いました。

主な結果

  • NET占有率(薬でふさがれた割合)は約30〜40%

  • NETの「見え方」(可用性)は平均的には大きな変化なし

  • ただし、NETの減り方が大きい人ほど、うつ症状(HAM-Dスコア)が軽い傾向が見られた(相関係数r=0.83)。

さらに、用量と占有率の関係から、50%占有に必要な量は約92mg/日、血中濃度は約71ng/mLと推定されました。日本での承認用量(20〜60mg/日)では、30〜40%占有が現実的な範囲と考えられます。

 

上記の図は各点は個々の被験者を示しています。横軸はデュロキセチン(サインバルタ)の血中濃度(ng/mL)、縦軸はNET占有率(%)を示しています。曲線は非線形(飽和型)の関係を示し、低濃度域ではNET占拠率が急速に上昇し、高濃度域では次第に飽和に近づく傾向がみられます。これは、デュロキセチンが血中濃度の上昇に応じてNETに結合するが、その結合には上限(飽和点)があることを示唆しています。


第5章 研究の意味と解釈

1. 占有率30〜40%の意味

「もっとふさいだ方が効くのでは?」と思うかもしれませんが、これは誤解です。デュロキセチンはセロトニン輸送体(SERT)も強く抑えるため、両者のバランスが治療効果につながっています。
つまり、「SERTを強く、NETを中程度に抑える」ことで、気分と意欲の両方を調整しています。

2. 個人差の大きさ

平均ではNETの変化が小さく見えても、個人ごとに異なります。NETが減った人ほど症状が軽い傾向があることから、患者ごとに適した用量や作用の現れ方が異なる可能性があります。

3. 長期的な変化

薬をやめた後でも症状が改善していた人がいましたが、PETで見るNETはあまり変わらないままでした。これは、短期的な薬の作用と、脳の長期的な回復メカニズムが別であることを示唆しています。

 

抗うつ薬治療前後におけるノルエピネフリン輸送体(NET)結合変化と抑うつ症状の関連

(A) 各線は被験者1名を示しています。縦軸はNETのAUC比(NET AUC ratio)、横軸は治療前と治療後の値を示しています。多くの被験者で治療後にNET結合がわずかに上昇しており、抗うつ薬投与後にNET密度が相対的に増加する傾向がみられます。

(B) 横軸は治療によるNET密度変化量、縦軸は治療後のHAM-Dスコアを示します。両者の間に正の相関がみられ、NET密度の増加が大きいほど、治療後に残存する抑うつ症状(HAM-Dスコア)が高い傾向が示唆されています。


第6章 視床が注目される理由

視床は、感覚や思考、注意の情報を整理し、前頭前野に送る中継地点です。
うつ病でこの部分のNETが増えているということは、「注意力の低下」「思考の鈍さ」などの症状に関連している可能性があります。
動物実験でも、慢性的なストレスがNETを増やすことが知られており、ヒトでも同様の変化が起きていると考えられます。


第7章 生活の中でできること

  • 症状の変化を記録する
     睡眠・食事・活動・気分などの小さな変化を日記に残すことで、薬の効き方を把握しやすくなります。

  • 自己判断で薬を減らさない
     脳内の変化はゆっくり進むため、改善を感じても自己中止は再発リスクを高めます。

  • 注意力や集中の変化を観察する
     研究では、注意の改善とNETの変化に関連が見られました。集中力が少しずつ戻るのは良いサインです。


第8章 今後の展望

この研究は、「うつ病の治療を脳内の化学的変化で直接測る」新しい方向を示しています。
今後、セロトニンとノルアドレナリンの両方を同時に測定する技術が進めば、より精密に「どの薬がどの患者に合うのか」を判断できる時代が来るかもしれません。


まとめ

  • うつ病の脳では、視床でノルエピネフリンの密度が高め

  • デュロキセチンNETを30〜40%をふさぐ(占有率)程度に作用。

  • NETが減るほど症状が軽い傾向が見られたが、平均では大きな変化はなし。

  • 治療効果には個人差が大きく、薬の量と反応の関係を見極めることが重要


参考文献

 

 

市川メディカルクリニック 市川メディカルクリニック