睡眠時無呼吸と「うつ」「不眠」の密接な関係:医療現場が見逃してはならないリスク
ただのいびきと思っていませんか?
「最近、日中の眠気がひどくて集中できない」「睡眠時間は取っているのに疲れが取れない」
——このような訴えを持つ患者に対し、うつ病や不眠症と診断される前に、睡眠時無呼吸症候群(SAS)を疑うことは極めて重要です。
睡眠時無呼吸症候群、特に閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)は、睡眠中に10秒以上の無呼吸・低呼吸が繰り返される疾患であり、睡眠の質を大きく損ないます。成人男性の約14%、女性の約5%が中等度以上のOSAを有するとされており、決して稀な病気ではありません。
しかも、OSAは単に「呼吸の問題」に留まらず、うつ病や不眠といった精神疾患と深く関係していることが、近年の多数の研究によって明らかにされています。
睡眠時無呼吸とうつ病:双方向に悪影響を与える関係
OSAとうつ病の関連性は非常に強く、双方向のリスク因子であることが疫学的にも明らかにされています。
うつ病患者にOSAが併存する割合
あるメタ解析では、大うつ病性障害(MDD)を有する患者のうち、36.3%がOSAを併存していたと報告されています。これは一般人口のOSA有病率(おおよそ2~14%)と比較して2~3倍以上の高さです。
また、精神疾患全般(うつ病、双極性障害、統合失調症など)においてOSAが併存する割合は25.7%にも達するとされており、精神科の臨床においてOSAを除外することはできません。
一方、台湾での大規模コホート研究(対象者:約64万人)では、OSA患者は対照群と比較してうつ病の発症リスクが2.5倍に上昇することが示されました。興味深いのは、逆にうつ病患者もOSAの発症リスクが約2.3倍になるという双方向の関連が確認された点です。
つまりうつ病になると閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)になりやすくなり、逆に閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)を元々持っている方もうつ病になりやすいという双方向性があるのです。
生理学的メカニズム
OSAにより引き起こされる考えられうるメカニズムとしては下記のような原因が示唆されています。
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断続的な低酸素血症により、脳内の炎症反応が亢進し、神経細胞の可塑性や伝達機能に悪影響を及ぼす。
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睡眠の断片化により、情動制御を担う前頭前野や海馬の機能低下が生じ、気分の不安定さや集中力の低下を引き起こす。
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HPA軸(視床下部-下垂体-副腎系)活性の異常によるコルチゾール過剰分泌が、慢性的なストレス状態を作り出し、抑うつ症状を誘発。
これらの変化は、うつ病の診断基準に該当する精神症状と類似しており、OSAがうつ病を模倣するケースも少なくありません。
OSAと不眠:表面的な“眠れなさ”の裏に隠れた疾患
OSAと不眠症(Insomnia)もまた高頻度に併存します。
不眠を訴えるOSA患者の割合
OSA患者のうち、30~50%が不眠症状(入眠困難・中途覚醒・早朝覚醒)を訴えるとされています。特に中高年の女性、高血圧や糖尿病などの慢性疾患を合併している患者において、この傾向は顕著です。
OSAに伴う覚醒反応は、患者にとっては「目覚めたこと」を自覚しにくいものも多く、単に「ぐっすり眠れていない」という印象として残ります。このため、「寝つけない」「何度も目が覚める」といった不眠の自覚症状だけが前景に出てくることも多く、実際にはOSAが原因であるにも関わらず、不眠症として診断・治療されることがあります。多くの精神科やメンタルクリニックではこの不眠という訴えのもと睡眠薬で対応することも多いため、根本的なOSAが見逃されており、一向に不眠が改善されないこともよくあることです。
CPAP治療による睡眠の質の改善
閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)の治療の選択肢のひとつとしCPAP(Continuous Positive Airway Pressure)治療があります。
CPAP治療により、睡眠効率(Sleep Efficiency)が70%台から90%前後に改善したとする報告もあり、睡眠アーキテクチャの正常化が図られることで、自然な眠りと覚醒のリズムが取り戻されるケースが多いです。
不眠症状の背景にOSAが隠れている場合には、CPAP導入が不眠症状の根本的な解決につながる可能性があります。
CPAP治療の精神症状への効果
OSAの治療法として運動・減量、マウスピース、外科的治療などがございますが、現在侵襲性も低く効果も最も確立されているのがCPAP療法です。
うつ症状への効果
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2022年のメタ解析によれば、CPAP治療によってうつ症状スコアが有意に改善(標準化平均差 −0.28, 95% CI −0.42 to −0.14)したという報告もあります。
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治療前にうつ症状を有する患者では、効果量が2.0以上と非常に大きい報告もあります。
この効果は、CPAPにより睡眠の連続性が確保され、日中の覚醒度が向上し、結果的に気分の安定や意欲の回復を促進するためと考えられています。不眠が改善することはもちろんのことこれにより抑うつ症状も改善します。
不眠への効果
CPAP治療は、不眠症状のうち特に中途覚醒や早朝覚醒に対して効果を発揮します。これらはOSAによる夜間の微小覚醒と直接関係しており、呼吸イベントの減少によって睡眠の連続性が改善されます。
ただし、効果を得るには1晩平均4時間以上の使用が必要とされており、治療アドヒアランスの確保が鍵となります。
実臨床での注意点:うつ・不眠の背後にOSAが潜んでいる
見逃されがちな症例
臨床現場でうつ病として治療をしているが実はOSAが潜んでいたケースは少なくありません。
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抗うつ薬を服用しているが改善しない
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不眠症と診断され睡眠薬が処方されているが、効果が薄い
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昼間の過度な眠気(EDS)や疲労感が強い
こういった患者は、SASのスクリーニングを強く考慮し、SASの検査を行うことは大切です。
医療者向けのチェックポイント
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ESS(Epworth Sleepiness Scale)による評価
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ベッドパートナーからのいびき・呼吸停止の指摘
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BMIの上昇、首回りの太さ(男性で40cm以上)などのリスク因子
これらの所見をもとに、PSG(終夜睡眠ポリグラフ)による検査導入を判断することで、精神症状の陰に潜むOSAを見逃さずに済む可能性が高まります。
そのほかの精神疾患との関連
1. PTSDとOSAは「悪夢の悪循環」を起こしやすい
PTSD患者ではOSAの有病率中央値が4割超と高率です。夜間の窒息感や低酸素による覚醒が悪夢やフラッシュバックを誘発し、恐怖体験の再学習を助長する恐れがあります。CPAPで呼吸イベントを抑えると悪夢の頻度が減少した報告があり、トラウマ治療の補助としてOSA管理が有用です。
2. 双極性障害ではCPAP開始後の「躁転」に注意
双極性障害はOSAの併存率が約25%とされますが、睡眠負債が急速に解消されることで軽躁状態が誘発された症例が複数あります。導入初期は数週間〜数か月かけて調整し、気分日誌や家族からの観察を活用してモニタリングしましょう。
3. 遺伝学的には「うつ→OSA」の一方向リスク
2024年のMendelian Randomization解析では、うつ病の遺伝的リスクスコアが高い人ほどOSAを発症しやすい一方、逆方向の遺伝的因果は認められませんでした。つまり遺伝子レベルでは「うつが先」である可能性を示唆しますが、生活習慣や薬剤の影響を含めれば、臨床では依然として双方向に悪循環が生じる点に注意が必要です。
4. CPAPは不安症状を「少しだけ」改善
複数の前向き研究で不安スコアは平均0.2程度(Cohen’s d)しか下がらず、効果は軽度です。呼吸イベントの改善以上に「治療を受けている安心感」や睡眠衛生指導が寄与する可能性があります。不安症状への大きな改善を期待する場合は、心理療法や薬物療法との併用が推奨されます。
5. 「眠り」と「こころ」をつなぐチーム医療のすすめ
OSAと精神疾患は相互に影響し合うため、精神科医・呼吸器内科医・睡眠専門医が連携した包括的ケアが不可欠です。精神症状が改善しないときには睡眠検査を、OSA治療で経過が思わしくないときにはメンタルヘルス評価を――これが患者のQOLを守る近道になります。
まとめ:睡眠、精神、そして呼吸は一つの系である
うつ、不眠、そして睡眠時無呼吸は、いずれも独立した疾患ではありますが、それぞれが互いに深く影響を及ぼし合う三位一体の関係です。
適切な診断と治療介入により、単なる精神症状と考えられていたものが、呼吸と睡眠の改善により劇的に改善することもある——この事実を見逃すことなく、診療にあたることが重要です。
引用文献
1 | Peppard PE, Young T, Barnet JH, Palta M, Hagen EW, Hla KM. Increased prevalence of sleep-disordered breathing in adults. Am J Epidemiol. 2013;177(9):1006-1014. PMID: 23589584 |
4 | Krakow B, Melendrez D, Ferreira E, et al. Prevalence of insomnia symptoms in patients with sleep-disordered breathing. Chest. 2001;120(6):1923-1929. PMID: 11742934 |
5 | Weaver TE, Grunstein RR. Adherence to continuous positive airway pressure therapy: the challenge to effective treatment. Proc Am Thorac Soc. 2008;5(2):173-178. PMID: 18250208 |